Loading...

      

Seitosha Publishing

2014年7月のエントリー 一覧

キリマンジャロ.jpg

著者:ヘミングウェイ
編者:金原 瑞人
ISBN:978-4-86228-073-2 C0082
定価 1,200円+税 184ページ
ジャンル[英語読み物]
発売日 2014年7月20日


紹介
● 翻訳家・金原瑞人さんが選ぶ My Favorites シリーズ。
● 日本でも人気の米作家・ヘミングウェイの珠玉の短編の中から、
 アフリカの雄大な情景と繊細な心理描写が魅力の二編。
● 原文をそのまま、すべて収録。
● 英文と見開きの丁寧な語注で、辞書なしで読める。
● 多読用に最適。


目次
まえがき(金原瑞人)
The Snows of Kilimanjaro
The Short Happy Life of Francis Macomber
あとがき(金原瑞人)


著者プロフィール
アーネスト・ヘミングウェイ Ernest Hemingway(著)
アメリカの小説家(1899-1961)。イリノイ州オークパーク生まれ。
高校卒業後新聞記者となる。第一次大戦やスペイン内乱での従軍経験をもとにした『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』など、自身の実体験に取材した作品を多く残した。
『老人と海』が世界的ベストセラーとなり、1954年ノーベル文学賞受賞。
シンプルで力強い文体と冒険的なライフスタイルは20世紀のアメリカの象徴とみなされ、各方面に影響を与えた。
 

金原瑞人(かねはら・みずひと)(編)
法政大学教授、翻訳家。
ヤングアダルト小説をはじめ海外文学の紹介、翻訳で著名。
著書『翻訳のさじかげん』(ポプラ社)ほか。
訳書『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック、白水社)『青空のむこう』(アレックス・シアラー、求龍堂)
『国のない男』(カート・ヴォネガット、NHK出版)『月と六ペンス』(サマセット・モーム、新潮文庫)ほか多数。


まえがき
1.アーネスト・ヘミングウェイの短編ふたつ
 この英語の注釈シリーズもこれで5冊目。今回は、アメリカの20世紀を代表する作家のひとりアーネスト・ヘミングウェイの短編、The Snows of KilimanjaroとThe Short Happy Life of Francis Macomberを取り上げてみた。両方とも、同時期に書かれている。そしてどちらも、アフリカにハンティングにやってきた白人夫婦の物語で、どちらも最後が衝撃的で、じつに切ない。また短編小説としても驚くほど完成度が高く、何度読み返しても、感動が薄れない。まさに「My Favorites」だ。
 短編についての解説は「あとがき」に回すとして、ここではまず、英文を読むときの注意を書いておこう。

2.ヘミングウェイは難しい
 ヘミングウェイの作品は文が短く、簡潔だとよくいわれる。修飾語や修飾部をできるだけ省いた、客観描写の多い、ストレートな文体だともよくいわれる。きびきびした無駄のない文体だ。そんなスタイルをさして、「ハードボイルド」などと呼ぶ人も多い。「ハードボイルド」というのは料理の場合は、固ゆでの卵を指す。ぱさぱさの黄身のイメージからきているのかもしれない。
 だから読みやすい……と思っている人が多いが、それは大間違いである。
 この注釈シリーズの4冊目で取り上げたサマセット・モームは長い文も多く、レトリカルで、ひねった表現も多く、また少し古い文体ということもあって、いまの若い人にはかなり読みづらいところもあったと思う。しかしヘミングウェイも負けず劣らず、読みづらい。
 たとえば、「キリマンジャロの雪」にしても冒頭の数行はあっけないほど読みやすいが、本文に入ると、あちこちで首をかしげてしまうはずだ。省略が多いうえに、ItやThatが何を指しているのかあいまいなところも頻出する。
 それ以外でも、たとえばこんなところは正直いって、よくわからない。

 I’m getting as bored with dying as with everything else, he thought.
 “It’s a bore,” he said out loud.
 “What is, my dear?”
 “Anything you do too bloody long.” (68-70p)

 とくに最後の行。西崎憲の訳では「おまえがやることは何でもひどく時間がかかりすぎる」となっているし、高見浩訳では「おれは何をするんでも、時間をかけすぎるんだ」となっている。しかし、この‘you’は一般人称とも考えられるわけで、その場合は「人間ってのはなんだって、やるのがのろい(いつも手遅れ)」となる。まあ、ヘミングウェイは翻訳家泣かせの作家でもあるのだ。
 さらにイタリック体になっているところ、つまり主人公のハリーがもうろうとした状態で過去を回想する部分は意味がとても取りづらい。このあたりは英語ネイティヴの人でもわかりづらいだろうし、おそらくよくわからないまま、あまり気にせずに読み飛ばすのだと思う。
 注はなるべくていねいに付けておいたが、細かく意味を取っていく必要はないだろう。
 「キリマンジャロの雪」とくらべると「フランシス・マカンバーの短く幸せな一生」のほうはまだましなほうだが、それでも読みやすいかときかれると、素直に「はい」とは答えられない。
 しかしそのぶん、日常感とリアリティ、緊迫感と切迫感、リズムとスピード感が生まれてくる。ヘミングウェイの文体の魅力はそんなところにあるのだろう。
 そんな文体を楽しんでみてほしい。